2013年09月12日

あなたの将来像

自分のやりたいことってなんだろうって考える。目標はとくになかった。
あなたの将来像って何って聞かれた。

迷いなく答えられる人はどれだけいるのだろう。

幼少の頃から語学や楽器にもっと積極的に触れる機会があったら、もっと人生の選択肢は変わっていたんだろうなって思ったりする。

それは言い訳なのか。

大人が若い人に「今、勉強しておかなきゃ先が大変だよ。」ってのは今になって実感する。と同時に”何を勉強するべきだったのか”。
自分が通った塾と言えば、習字とそろばんだった。英語やピアノなんかだったりを習いたいなんてのは思いもしなかった。そういった類いの習い事に通うのは、なんか遠い世界の感じがした。
そんな時代だったと思う。だからこそ、その当時そこに注力できる環境にあれば10年後、20年後の今、実践的かつ希少性のある技術は価値を生む。

親は勉強を頑張れと言う。当然だろう。

後が大変だよと言う。大変?

しかし、それは漠然としすぎてて、子供だった自分には「自分の将来において何が大事で何が必要なのか」が、いまひとつ実感として伝わってなかった。

基礎学力は大事だとは思うが、日常生活において、何の役に立つかはわからないけど多分必要なんだろうという感覚だ。実際、社会で求められる実用性はまた別のものだ。

うちは一般的なサラリーマンの家庭に生まれ育ち、当たり前や普通を好み、子供の自主性を尊重するといういわば放任主義だった。結果、目的意識が低く、ただなんとなく毎日を過ごすしがない中年が出来あがった。
まぁ、自助努力や「気付き」も怠っていたので、全てを親の責任に押し付けはしないが。

なんとなく生きていけるのはある意味コワい。

子供に危機感を持てというのはムリがある。だから、ある程度の選択肢を与える環境や、指針を示すのが大事なんじゃないかと思う。

社会の実際におけるお金の使い方や意味、投資や運用の仕組みなんかも知り得る環境にはなかった。
日本の教育ではあながち目を伏せたがる部分ではないだろうか。株は怖いもの。借金はするな。起業なんて…と教えられる。中身や仕組みを知るのと知らないのとでは大きな違いがある。

ともあれ、会社に就職する事がまずもっての目標だったから。社会経験を積むという意味では意義があるが、ステップアップとしての通過点としては考えていない。やはり、まんべんと過ごすだけだ。

社会に出てから、後にそういった経済の仕組みなんかに自分で「気付く」時までに、なんと無駄な時間とお金の使い方をした事か。若き起業家の声を聞いたりすると、あぁ、スタート地点が全然違うんだなぁ…とつくづく思う。

一つ目の転機になったのは独立してからになる。
posted by アカツキ at 12:48| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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