2013年09月10日

風立ちぬ

観てきましたよ。風立ちぬ。
純粋に面白かったですよ。ひさびさに良い映画を観たなぁって思いました。
ドラマに近い感じだったけど空想や夢のシーンなんかは実写では表現しづらいから、ある意味アニメの新しいジャンルを感じたね。

観に行った二人して途中から号泣してたんだけど。
別の機会に観に行ったほかの友人は、なんかピンと来なかったと言っていた。
なるほど、やっぱり人によって捉え方は様々なんだなぁ…と実感した。
まぁ、確かにサブタイトルの「生きねば。」は観る前もぼんやりしたテーマだと思ったし実際観た後も、う、うーん?って思ったけど。

捉え方と言えば、幸せの感じ方ひとつとっても、好きな物事に熱中し、没頭できるものがあれば、もちろん本人にとってみればこんな幸せな事はないが、程々に仕事して、家庭で過ごす事が何よりの幸せを感じる人もいる。
そんな人から見れば、前者の感じる幸せはただの独りよがりに映るだろう。

きっと大事なのは「自分にとっての幸せ」が何か?が、きっと重要なんだろう。
テーマでもある善も悪も絶対的なものではなくて、同じ事象でも視点や立場によっては、どちらにもなり得るって事ですね。

たまに聞くのが、「自分よりも他の人を幸せにしたい。」
人の為にと想う事で得られる幸せは、実は相手にとってはそうは感じてない部分があるかもしれない。
言ってみれば自己満足に近い気がする。

まず、自分が幸せにならないと、他の人を幸せに導くような心の余裕は生まれないだろうし、そもそも不幸を背負ってるような人に、幸せにしてもらおうなどとは思わないだろう。
もっと言えば自分を幸せに出来ないような人が、他人を幸せに…などとは、ちゃんちゃらおかしいわけで。

社会的にはそう冷静に考えられても、まぁ恋愛が絡んだりすると、こう、理不尽な想いなんてのも出てきちゃうでしょうね。

病床の菜穂子が寝ている横で二郎がタバコをふかすシーンを巡って、様々な意見が出ているようだけど、あれとてそのシーンだけ切り取ってみれば不快に映るかもしれない。
奈緒子が吸ってもいいって言ったとしても我慢しろやって突っ込みたくなるところだが、話の前後からすれば、やはり二人の心象を語る上で重要なシーンであったように思う。

ちなみに私は、たばこは一切吸わないが、さして不快だとは思わなかった。

宮崎監督も今回をもって長編映画からは引退(以前にも聞いた気が…)との事ですが、あぁ、ひとつの時代が終わったんだなと思うと、なんか寂しいね。
posted by アカツキ at 15:51| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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